犬君の死 - 犬の世話係D

作成日: 2005年10月 7日 金曜日 04:15:00 JST

この世で犬君とこころを通わせることができなくなったことに慣れるまでに時間がかかりました。

2005年の台風14号が日本列島を縦断した9月6日の午後2時頃、犬君が他界しました。15歳と27日でした。

9月6日現在、真正の夏が過ぎてもまだ暑さは引きませんが、夜になると気温が急激に下がる日があります。天気予報を参考にして夕方の空を見上げながら、1か月ほど前から夜になると前日の新聞紙を犬君に掛けてから寝るようになっていました。新聞紙は昔わたしがサラリーマンだった頃に覚えた生活の知恵です。東京に住んでいたときに真冬に終電を逃して駅周辺で夜明けを待つ間、寒さのあまりからだに新聞紙を巻き付けたときにその断熱効果の高さに驚いて以来、当座の寒さしのぎが必要なときに便利に使っていました。

お昼に起きたときには先に目覚めていた家内が新聞が上下しているといっていましたので、これ幸いと日常の雑用をこなし、犬君を思い出したときには1時半になっていました。幼犬用のミルクを人肌より暖かめに調合して犬舎を見に行ったら様子が変でした。胸が上下していませんし、心臓に手を当てても鼓動が感ぜられません。家内を呼んで確かめてもらうとやはり同じ意見です。抱き上げると唾液が滴ってきました。これまでにはなかったことです。堅く結んだ口の噛み合わせた牙の間から、舌の先端が重力方向に垂れ下がっているようです。床に寝かせて犬君の頭を撫でるとからだ全体が滑らかに反応して、昨日までと同じように動き、体温もつめたくはないのですが、心音はやはりありません。この世で犬君とこころを通わせる機会が二度となくなったことを納得するまでには、短いような長いような、ある程度の時間がかかりました。

亡くなる一週間前に食べることができなくなりました。胴を抱えて座らせ、食事を口元に持っていくと2口ほど口に入れて、その後は食器にあごをかけたまま眠り込むようになりました。とにかく何か食べてもらいたいものですから、はかない努力とは思いながら、好物の骨型のおやつを食べさせました。かすかに残った体力をこれで維持していたようです。水分はだいぶ前から牛乳を水でといて飲ませていましたが、舌でからめ取りはするものの嚥下できるのが5回に1回ほどになり、やがて食器にあごをかけたまま眠り込んでしまいます。横にして哺乳びんで飲ませるようにしましたが、それでも嚥下には苦労していたようで、大部分は口を素通りしてペットシートに吸い込まれていました。少しは役に立つかと思い、このころから幼犬用のミルクを飲ませるようになりました。

三日前には哺乳びんの乳首に噛みつくようになりました。最初はミルクを飲んだと思って喜んでいたのですが、よく見るとそうではなく、ただ繰り返し噛みついているのです。そのうちに哺乳びんを咥えたまま眠り込んでしまいます。正面からではなく口の脇から流し込んだときには噛みつくことはなく、少しは飲み込んでいたようです。

二日前に犬舎から出そうとして犬君を抱き上げたときには、犬君がわたしの指に噛みつきました。とても強い力で噛みつきましたのでわたしの指には穴があき、無理に引き出すと傷が大きくなりますので、犬君を横に寝かせて犬君があきらめるまで待ちました。次回からはスキー用のぶ厚い手袋をして犬君の姿勢を変えるようにしたのですがやはり強力に噛まれます。指の骨の痛みはずいぶん長い間残りました。

犬君の意識はほとんどなく、からだが自動的に反応していたのだと思います。同じ反応をわたしは犬君が子どもだったころに経験しています。

山の上を犬君と二人で歩いていたときのことでした。引き綱はつけていませんでした。つけていたら大ごとになっていたかもしれません。遠くの方から犬が6匹わたしたちに向かって駆けてくるのが見えたと思う間もなく犬君もそれに向かって走り出し、わたしの足では追い付くことができませんでした。わたしがとどめることができないままに目の前で犬同士の戦闘が始まりました。向うの犬はチームワークがよく、瞬く間に1匹が頭、1匹が左前肢、もう一匹が尻尾に噛みつき、残り3匹は回りを囲んで隙を伺っています。犬君は頭を振り、動いている右の前足で敵を打つか振り払おうとしているのですがうまくいきません。ようやく追い付いたわたしは足で敵を蹴散らして割って入りました。よく噛まれなかったものだと思います。抱き上げたわたしにとてつもない力で犬君が噛みついてきました。このときもわたしは犬君が落ち着くまで噛んだままにしておきました。後から追い付いてきた向こうの飼主が、猟犬を訓練中であったことを説明していたようですが、わたしは上の空でした。犬君を負け犬にしたくない一心で頭がいっぱいだったからです。幸いこのときの傷は犬君の頭に残ったハゲだけで、犬君のこころに後遺症は残りませんでした。このエピソードもあってわたしは後々娯楽のためのハンターを憎むようになっていくのですが、それはまた別の話です。

このとき犬君にはからだに触れるものすべてが敵でした。犬君は自分が持っている唯一の武器を使って敵と闘っていたのでした。

最期のときにも犬君はおそらく闘っていたのだろうとわたしは想像します。敵は犬君の体力を苦痛とともにすこしづつ確実に奪っていくあるもので、それは犬君の正面からやって来たようです。その日の晩から血尿が混じってきました。

翌日は犬君の最期の日です。包帯を外して埋葬することも考えましたがあまりに痛々しく、わたしたちは最後の包帯を取り替えることにしました。肩甲骨回りは本復して皮膚ができていました。腰骨回りはついに治癒に至りませんでした。包帯、コットン、傷あてパッドと外していくと、血もリンパ液もついていないきれいなままでした。生命活動はすでに終っていたのでしょう。

わたしたちに延命の発想はありませんでした。犬君が倒れたときに、わたしたちは犬君とともに闘う方を無意識に選んだようです。三月以来、今年の季節はわたしたちの頭の上を駆け抜けていきました。今年の季節がどのように移っていったかをわたしたちはうまく思い出すことができません。介護の一喜一憂は鮮やかに覚えています。いま、秋風が吹いて、犬君は家内が摘んできた秋の花とともに裏山に眠っています。

犬君の遺品は犬舎、鎖、引き綱、幼犬から成犬までの3種類の首輪です。ほとんどが拘束具であることがあわれです。

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